2026年 第32回作文コンクール入賞作品
柳緑花紅
これは、私が所属する茶道部で聞き馴染んでいる短冊の名だ。原典ではこの後に『真面目(しんめんもく)』という言葉が続く。これらを合わせると、「柳は緑であり、花は紅であり、これが本来ありのままの姿である」という意味になる。この言葉は、人が手を加えていない自然のままの美しさを尊ぶと同時に、転じて「ありのままの自分を受け入れる」ことの大切さを説いているという。私はこれが、自然との共生において最も重要なのではないかと考える。
しかし、今の社会はこの言葉とは対極にあるように見える。私たち人間は自分たちの効率や欲を優先させるあまり、自然をありのままに受け入れることを忘れてはいないだろうか。例えば、青いバラがそうだ。本来バラには青い色素を作る遺伝子がなく、自然界には存在し得ない色だった。しかし、人間は不可能を克服し珍しさを手に入れるために、スプレーでの着色や遺伝子操作で、無理やりその色を作り出した。これらは人間の手によって都合のいいように変えられてしまった姿だ。
本来、自然とは自分たちの思い通りにいかないものであるはずだ。それにもかかわらず、私たちは思い通りになることを豊かさと勘違いし、自然が持つ本当の真面目を無視してしまっているように感じる。
なぜ、私たちはこれほどまでに自然に手を加えたくなるのだろう。その根本には、ありのままの自然が持つ不確実さに対する恐れがあるのではないだろうか。私たち人間は、自然の摂理を克服すべき課題と考え、科学技術によってねじ伏せてきた。しかし、そうして作り上げられた自然は共生の対象だと言えるだろうか。この傲慢さが気候変動や生態系の破壊という形で、自分たちに跳ね返ってきているのが今の私たちの姿だ。
自然との共生とは、単に木を植えたりゴミを拾ったりすることだけを指すのではないはずだ。それは、自然が持つ時として人間に不都合な側面さえも、ありのままの姿として認め、寄り添うことではないだろうか。定まらない自然の摂理に自分たちを適応させていく姿勢こそが、今、最も求められているのではないか。
これは、自分自身に対しても同じことが言える。他者と比較し、自分を偽るのではなく、ありのままの姿を認め、受け入れること。自分自身の真面目を肯定できて初めて、私たちは他者や、自分を取り巻く自然環境のありのままの姿を尊重できるようになるのだと私は思う。
柳は緑であり、花は紅である。その当たり前の事実を、何にも代えがたい尊いものと思えること。人間も自然という大きな輪の一部であることを自覚し、そこに静かに身を置くこと。
それこそが、真の意味での共生への第一歩なのではないだろうか。
しかし、今の社会はこの言葉とは対極にあるように見える。私たち人間は自分たちの効率や欲を優先させるあまり、自然をありのままに受け入れることを忘れてはいないだろうか。例えば、青いバラがそうだ。本来バラには青い色素を作る遺伝子がなく、自然界には存在し得ない色だった。しかし、人間は不可能を克服し珍しさを手に入れるために、スプレーでの着色や遺伝子操作で、無理やりその色を作り出した。これらは人間の手によって都合のいいように変えられてしまった姿だ。
本来、自然とは自分たちの思い通りにいかないものであるはずだ。それにもかかわらず、私たちは思い通りになることを豊かさと勘違いし、自然が持つ本当の真面目を無視してしまっているように感じる。
なぜ、私たちはこれほどまでに自然に手を加えたくなるのだろう。その根本には、ありのままの自然が持つ不確実さに対する恐れがあるのではないだろうか。私たち人間は、自然の摂理を克服すべき課題と考え、科学技術によってねじ伏せてきた。しかし、そうして作り上げられた自然は共生の対象だと言えるだろうか。この傲慢さが気候変動や生態系の破壊という形で、自分たちに跳ね返ってきているのが今の私たちの姿だ。
自然との共生とは、単に木を植えたりゴミを拾ったりすることだけを指すのではないはずだ。それは、自然が持つ時として人間に不都合な側面さえも、ありのままの姿として認め、寄り添うことではないだろうか。定まらない自然の摂理に自分たちを適応させていく姿勢こそが、今、最も求められているのではないか。
これは、自分自身に対しても同じことが言える。他者と比較し、自分を偽るのではなく、ありのままの姿を認め、受け入れること。自分自身の真面目を肯定できて初めて、私たちは他者や、自分を取り巻く自然環境のありのままの姿を尊重できるようになるのだと私は思う。
柳は緑であり、花は紅である。その当たり前の事実を、何にも代えがたい尊いものと思えること。人間も自然という大きな輪の一部であることを自覚し、そこに静かに身を置くこと。
それこそが、真の意味での共生への第一歩なのではないだろうか。
世界中のみんなで愛そう「ひとつの海」
「ハワイの海で日焼け止め禁止」
僕は衝撃を受けた。青い海、白い雲、常夏の楽園ハワイで今、一体何が起こっているのだろう。その記事を調べてみると、日焼け止めの中に含まれる、紫外線吸着剤等の化学物質やマイクロプラスチックによる影響で、海のサンゴ礁の白化を引き起こし、さらには生態系全体に深刻な影響を及ぼすため、サンゴ礁が死滅の危機にあるという。実際、年間約14000トンもの日焼け止めが海に流れ込んでいる事態を受け、米国ハワイ州は世界初の規制法を成立させた。
僕の県にも海があり、家から車で15分もすれば遠州灘海岸に着く。風が強い日には、家にいながら磯の香りも漂ってくるほど、僕にとって海はとても身近で大切な存在だ。海の現状を知るため、遠州灘海岸へ見に行った。砂浜には、赤や青といったカラフルなマイクロプラスチックが埋もれていた。調査するため、家族みんなで20分間拾ってみたが644グラムもあったから驚きだ。確かにこの量を間近に見ると、大好きな魚や鳥や生態系全てが、大丈夫なのかと心配に感じてきた。
そんな僕に、願ってもない提案が舞い込んで来た。家族でのハワイ旅行だ。僕は、マイクロプラスチックの現実を目の当たりにして、ハワイでも調査したくなった。ハワイで、海洋環境保全活動を行っているボランティア団体が実施している、ビーチクリーン体験を家族で予約しスケジュールに入れた。そのクリーン活動は、ハワイで一番美しいワイマナロビーチで実施した。サラサラとした白い砂と透き通るような青い海は、絵画のように美しく素晴らしかった。だからこそ、想像していた以上に、マイクロプラスチックが大量に散乱している状況に絶句した。拾っても拾っても、サラサラと砂の間から小さなプラスチックが落ちてくる。これらが、この海の中の魚やサンゴが食べてしまうと思うと悲しくなる。さらに、驚くべき話も教えてくれた。なんと日本で起こった東日本大震災の時には、巨大津波で流されたがれきが太平洋を渡り、ハワイの海岸にまで漂着したというのだ。魚や鳥の胃袋からは大量のプラスチックも見つかった。日本にあった物がこんなに遠い海外まで流されたのだと思うと、悲劇の大きさを実感し、陸と海のつながりの深さも思い知らされた。僕はその時、幼稚園の頃に歌っていた曲「海は広いな~大きいな~」の本当の意味を改めて実感し、この大好きな海を本気で守っていかなければならないと決心した。
最近では、マイクロプラスチックがついに人体からも検出されたと新聞で読んだ。もうこれは、努力目標とかではなく、僕たち一人一人が海への知識を深め環境保護に積極的に取り組む必要があり、日本の海も海外の海も「ひとつの海」であり、みんなが世界一丸となって大切に守っていく使命なのだと感じた。
僕は衝撃を受けた。青い海、白い雲、常夏の楽園ハワイで今、一体何が起こっているのだろう。その記事を調べてみると、日焼け止めの中に含まれる、紫外線吸着剤等の化学物質やマイクロプラスチックによる影響で、海のサンゴ礁の白化を引き起こし、さらには生態系全体に深刻な影響を及ぼすため、サンゴ礁が死滅の危機にあるという。実際、年間約14000トンもの日焼け止めが海に流れ込んでいる事態を受け、米国ハワイ州は世界初の規制法を成立させた。
僕の県にも海があり、家から車で15分もすれば遠州灘海岸に着く。風が強い日には、家にいながら磯の香りも漂ってくるほど、僕にとって海はとても身近で大切な存在だ。海の現状を知るため、遠州灘海岸へ見に行った。砂浜には、赤や青といったカラフルなマイクロプラスチックが埋もれていた。調査するため、家族みんなで20分間拾ってみたが644グラムもあったから驚きだ。確かにこの量を間近に見ると、大好きな魚や鳥や生態系全てが、大丈夫なのかと心配に感じてきた。
そんな僕に、願ってもない提案が舞い込んで来た。家族でのハワイ旅行だ。僕は、マイクロプラスチックの現実を目の当たりにして、ハワイでも調査したくなった。ハワイで、海洋環境保全活動を行っているボランティア団体が実施している、ビーチクリーン体験を家族で予約しスケジュールに入れた。そのクリーン活動は、ハワイで一番美しいワイマナロビーチで実施した。サラサラとした白い砂と透き通るような青い海は、絵画のように美しく素晴らしかった。だからこそ、想像していた以上に、マイクロプラスチックが大量に散乱している状況に絶句した。拾っても拾っても、サラサラと砂の間から小さなプラスチックが落ちてくる。これらが、この海の中の魚やサンゴが食べてしまうと思うと悲しくなる。さらに、驚くべき話も教えてくれた。なんと日本で起こった東日本大震災の時には、巨大津波で流されたがれきが太平洋を渡り、ハワイの海岸にまで漂着したというのだ。魚や鳥の胃袋からは大量のプラスチックも見つかった。日本にあった物がこんなに遠い海外まで流されたのだと思うと、悲劇の大きさを実感し、陸と海のつながりの深さも思い知らされた。僕はその時、幼稚園の頃に歌っていた曲「海は広いな~大きいな~」の本当の意味を改めて実感し、この大好きな海を本気で守っていかなければならないと決心した。
最近では、マイクロプラスチックがついに人体からも検出されたと新聞で読んだ。もうこれは、努力目標とかではなく、僕たち一人一人が海への知識を深め環境保護に積極的に取り組む必要があり、日本の海も海外の海も「ひとつの海」であり、みんなが世界一丸となって大切に守っていく使命なのだと感じた。
生き物がいない「綺麗」
生き物がいない池を、人は「綺麗になった」と呼ぶ。そこは、人間に都合の良い「綺麗さ」だけで満たされた、隅々まで管理された街だ。かつては鬱陶しかった蝉の声も聞こえず、アスファルトの熱気だけが立ち上がっている。店先には、値札がつけられたカブトムシが商品として並ぶ。
利便性や景観ばかりが優先される現代。「自然」はもともと「人工」の対義語だったはずが、いつしか、人間の敷地内に切り取られた緑が配置されているに過ぎない。そんな「自然共生」という言葉に、私は強い違和感を抱く、私たちは今、自らの手で、人間以外の生き物が存在できない世界を作り上げているのではないだろうか。
そう実感せざるを得ない光景が、私の身近にもある。近所の池が整備され、一面に砂利が敷き詰められたときのことだ。以前は在来のニホンヒキガエルが卵を産み、ヤゴやそれを狙うカモなど、泥や落ち葉が育む豊かな生態系に触れることができた。しかし整備後、池から生き物の気配は消えてしまった。砂利が露出するほど浅くなった水は、皮肉なほど透明で綺麗だった。生き物を住まわせないために作られたようなその光景に、私は気味悪さを覚えた。
人間中心の景観を重視した結果、この池は生命の息遣いのない「人工的な水たまり」へ変わってしまったのだ。かつての濁りはプランクトンや栄養の証であり、泥は天敵から身を隠すシェルターだった。コンクリートに囲まれた今、生き物たちが自力で戻る術はない。
生き物を追い出す流れは、街全体で進んでいる。学校の建て替えにより樹木は伐採され、ビオトープも潰された。公園の木々も切り倒され、代わりに植木鉢のツツジが並ぶ。数年前まで当たり前に生きていたカマキリやトカゲ、二ホンアマガエルは姿を見せなくなった。
畑はマンションへと姿を変え、全てが経済性へ塗り替えられていく。家の中のハエやクモを拒むように、人間は外の世界からも生き物を迷惑として追放し、敷地を広げ続けているのだ。
全てを効率や経済性で測る現代、人間だけの生活は快適だが、長い目で見れば、人間自身の暮らしをも脅かすことになる。自然への知識や共感が失われた街では、人々は自然を不安の対象と捉え、さらなる都市化を進める悪循環に陥るからだ。だからこそ今、私は「人間の都合」という境界線を一度取り払ってみたい。人間にとって不快で、汚くて、思い通りにならない池の泥の濁りや、追放される虫の存在すらも、地球を分け合う「他者」として認め、その気配と共に生きる覚悟を持つこと。これこそが、私の考える真の自然共生だ。全てが綺麗に管理された街の中で、私は、足元の小さな土や名もなき命の営みに目を凝らし、彼らの声を聴くことから始めたい。
利便性や景観ばかりが優先される現代。「自然」はもともと「人工」の対義語だったはずが、いつしか、人間の敷地内に切り取られた緑が配置されているに過ぎない。そんな「自然共生」という言葉に、私は強い違和感を抱く、私たちは今、自らの手で、人間以外の生き物が存在できない世界を作り上げているのではないだろうか。
そう実感せざるを得ない光景が、私の身近にもある。近所の池が整備され、一面に砂利が敷き詰められたときのことだ。以前は在来のニホンヒキガエルが卵を産み、ヤゴやそれを狙うカモなど、泥や落ち葉が育む豊かな生態系に触れることができた。しかし整備後、池から生き物の気配は消えてしまった。砂利が露出するほど浅くなった水は、皮肉なほど透明で綺麗だった。生き物を住まわせないために作られたようなその光景に、私は気味悪さを覚えた。
人間中心の景観を重視した結果、この池は生命の息遣いのない「人工的な水たまり」へ変わってしまったのだ。かつての濁りはプランクトンや栄養の証であり、泥は天敵から身を隠すシェルターだった。コンクリートに囲まれた今、生き物たちが自力で戻る術はない。
生き物を追い出す流れは、街全体で進んでいる。学校の建て替えにより樹木は伐採され、ビオトープも潰された。公園の木々も切り倒され、代わりに植木鉢のツツジが並ぶ。数年前まで当たり前に生きていたカマキリやトカゲ、二ホンアマガエルは姿を見せなくなった。
畑はマンションへと姿を変え、全てが経済性へ塗り替えられていく。家の中のハエやクモを拒むように、人間は外の世界からも生き物を迷惑として追放し、敷地を広げ続けているのだ。
全てを効率や経済性で測る現代、人間だけの生活は快適だが、長い目で見れば、人間自身の暮らしをも脅かすことになる。自然への知識や共感が失われた街では、人々は自然を不安の対象と捉え、さらなる都市化を進める悪循環に陥るからだ。だからこそ今、私は「人間の都合」という境界線を一度取り払ってみたい。人間にとって不快で、汚くて、思い通りにならない池の泥の濁りや、追放される虫の存在すらも、地球を分け合う「他者」として認め、その気配と共に生きる覚悟を持つこと。これこそが、私の考える真の自然共生だ。全てが綺麗に管理された街の中で、私は、足元の小さな土や名もなき命の営みに目を凝らし、彼らの声を聴くことから始めたい。
小さな庭から地球の大きな循環へ~
私はコンクリートに囲まれた大都会、東京のマンションで育ちましたが、小学校に入学する時に東京湾をくぐりぬけ、自然豊かな千葉に移住することになりました。そこでは小さな庭のある生活が始まりました。最初は固い地面の庭でしたが、土を耕し植物を植えると、春には緑が生い茂り、花が咲き虫たちが集まって来ました。好きになったカナヘビも遊びに来てくれ、とても嬉しい気持ちになりました。
カブト虫のベッド作りにも参加しました。カブト虫の少ない地域でしたが、木の枝で2mのさくを作り、落ち葉を何度も運んで1mも積み上げました。すると次の年には落ち葉は半分に沈んで土のようになり、なんと百匹ほどの幼虫が見つかったのです。人の手を加えることで、自然を豊かにもできるのだと大切なことに気づかされました。
土を研究している東京大学の教授の講義を受ける機会があり、「当たり前のようにある土って、そもそも何だろう?」という疑問を持ちながら、つくば市にある研究機構を訪れました。土は岩石や植物、生物の死がいが混ざり合ってできたものだったのです。わずか1cmの土ができるには、100年以上もの時間がかかります。それなのに私たち人間は、その1cmの土をほんの10年もかからずに使い切ってしまうというのです。土は限られた資源なのだと知りました。その土にライトを当て、中から出てきた生き物を顕微鏡で観察すると、レンズの向こうで小さな微生物達がせわしなく動いていました。土は、生きているんだ!と、心の中の疑問の泡がパチンッとはじけると共に、土への興味が一気にあふれてきました。
一方で、私は日本のゴミ問題を知ってショックを受けました。もしこのままゴミが増え続ければ、22年後にはゴミの埋め立て地がなくなってしまうそうです。私が大人になる頃には、日本が「ゴミ列島」になってしまう。そう思うと、やりきれない不安の雨にうたれたようでした。
以前取材に行った下水処理場のことを思い出しました。下水をきれいにする過程で出る、汚泥というゴミを捨てず、微生物の力を借りて肥料として生まれ変わらせる取り組みが始まると教わりました。「ゴミをゴミのままにせず、もう一度自然の循環に戻せばいいんだ!」そう確信し、さっそく庭でコンポストを始めてみました。野菜くずや魚の骨など自然からできている物は土に還っていく、これこそが地球にとって自然なことだと実感しました。
自然との共生とは、人間が生活の中で壊してしまったものを自分たちの手で修復し、地球の大きな循環を支えながら、共に生きていくということです。生ゴミだけでなく、プラスチックなど人間が作ったものさえも安全な土へと変え、さらに緑や花を咲かせることができるような、「一石無限鳥の魔法」の研究をしたいです。
カブト虫のベッド作りにも参加しました。カブト虫の少ない地域でしたが、木の枝で2mのさくを作り、落ち葉を何度も運んで1mも積み上げました。すると次の年には落ち葉は半分に沈んで土のようになり、なんと百匹ほどの幼虫が見つかったのです。人の手を加えることで、自然を豊かにもできるのだと大切なことに気づかされました。
土を研究している東京大学の教授の講義を受ける機会があり、「当たり前のようにある土って、そもそも何だろう?」という疑問を持ちながら、つくば市にある研究機構を訪れました。土は岩石や植物、生物の死がいが混ざり合ってできたものだったのです。わずか1cmの土ができるには、100年以上もの時間がかかります。それなのに私たち人間は、その1cmの土をほんの10年もかからずに使い切ってしまうというのです。土は限られた資源なのだと知りました。その土にライトを当て、中から出てきた生き物を顕微鏡で観察すると、レンズの向こうで小さな微生物達がせわしなく動いていました。土は、生きているんだ!と、心の中の疑問の泡がパチンッとはじけると共に、土への興味が一気にあふれてきました。
一方で、私は日本のゴミ問題を知ってショックを受けました。もしこのままゴミが増え続ければ、22年後にはゴミの埋め立て地がなくなってしまうそうです。私が大人になる頃には、日本が「ゴミ列島」になってしまう。そう思うと、やりきれない不安の雨にうたれたようでした。
以前取材に行った下水処理場のことを思い出しました。下水をきれいにする過程で出る、汚泥というゴミを捨てず、微生物の力を借りて肥料として生まれ変わらせる取り組みが始まると教わりました。「ゴミをゴミのままにせず、もう一度自然の循環に戻せばいいんだ!」そう確信し、さっそく庭でコンポストを始めてみました。野菜くずや魚の骨など自然からできている物は土に還っていく、これこそが地球にとって自然なことだと実感しました。
自然との共生とは、人間が生活の中で壊してしまったものを自分たちの手で修復し、地球の大きな循環を支えながら、共に生きていくということです。生ゴミだけでなく、プラスチックなど人間が作ったものさえも安全な土へと変え、さらに緑や花を咲かせることができるような、「一石無限鳥の魔法」の研究をしたいです。
地球は、私たちと共に生きている
五月の朝だというのに、日差しはもう夏の匂いがした。「今日はちょっと息苦しそうだな」おじいちゃんは土に手を当ててそうつぶやいた。風はあるし空も晴れている。昨日は水もしっかりあげた。なのにいったい何が息苦しいのだろう。すると突然おじいちゃんはしゃがみ込み、土を少し掘り返した。「固くなっとる。根っこが空気を吸えんのよ」野菜が息をしている――。最初はその意味がよくわからなかった。けれどおじいちゃんが鍬で土をほぐしていくと、地面がふかふかとほどけ、あたりに青い匂いが立ち上がった。「ほら、楽になったやろ」おじいちゃんの手が土をほぐすたびに、畑全体が深呼吸したように見えた。小学二年生の春、家族と縁深い田舎へ引っ越したその日から、おじいちゃんは私に野菜の育て方を教えてくれた。私はそれから、おじいちゃんを真似て、野菜にこっそり声をかけるようになった。ある朝、私がトマトに話しかけているのを見て、おじいちゃんは黙ってうなずいていた。言葉はなかったけれど相手の気持ちになって手を差し伸べることが大切だということを教えてくれた。そして夏のある日、おじいちゃんは病に倒れた。言葉を発することも、自分で体を動かすこともできなくなっていた。畑で鍬を握り、土をほぐしていたあの大きな手が、白い布団の上で小さく置かれていた。その傍らに、おばあちゃんはいつもいた。「喉、渇いとらんね」当たり前のように返事はない。それでもおばあちゃんは答えを待つようにしばらくおじいちゃんの顔を見つめてから、そっと茶碗を手に取った。一滴もこぼさないように両手で包み、細い口元へゆっくりと水を運ぶ。飲み込んだをの確かめてから、「暑くないね、寒くないね」と言った。私はふすまの陰からその様子を見ていた。声をかけることもできず、ただ立ち尽くしていた。それなのになぜか、涙は出なかった。その場面があまりにも静かで穏やかだったからだ。そして、どこかで見たことがあると思った。そうだ、あの畑だ。土に手を当てて野菜の声を聞こうとしていたおじいちゃんの眼差しと、おばあちゃんのそれは、まったく同じだった。相手が何を欲しているかを、言葉より先に感じ取ろうとする、思いやり。私は胸が熱くなった。
人は生まれ、育ち、やがて老いて土に還る。野菜もまた、種から芽吹き、実を結び、枯れて土に溶ける。その循環の中で、私たちは共に生きている。おじいちゃんが教えてくれたのは、命と向き合う時、言葉より先に相手の気持ちになる事――。それが人と自然のすべての関係を支える根っこなのだ。自然は言葉を発しないけれど、私たちが耳を澄ませば、地球の息遣いや痛みがきっと聞こえてくるはずだ。地球がかつて何もなかった惑星に命を灯してくれたように、今度は私たちが傷ついた地球に優しく手を差し伸べる番なのだと思う。
人は生まれ、育ち、やがて老いて土に還る。野菜もまた、種から芽吹き、実を結び、枯れて土に溶ける。その循環の中で、私たちは共に生きている。おじいちゃんが教えてくれたのは、命と向き合う時、言葉より先に相手の気持ちになる事――。それが人と自然のすべての関係を支える根っこなのだ。自然は言葉を発しないけれど、私たちが耳を澄ませば、地球の息遣いや痛みがきっと聞こえてくるはずだ。地球がかつて何もなかった惑星に命を灯してくれたように、今度は私たちが傷ついた地球に優しく手を差し伸べる番なのだと思う。
白サギのいる風景
私は兵庫県南西部の自然豊かな町に住んでいます。小学校までの通学路沿いの川には、白サギや大きなコイ、カメなど、たくさんの生き物がいます。その生き物達の姿を見る事が毎日の楽しみの一つになっています。私にとって当たり前にある風景で、ずっとずっと変わらないでほしいと願う、その風景を守るために私に何ができるだろうか。環境を守るために家でできる事といえば、節水と節電だと思います。私の家では水を出しっぱなしにしない、電気はこまめに消すなど家族と一緒に取り組んでいます。そのほかにも、買い物にはエコバックを使ったり、給食の牛乳を飲む時はストローは使わないなど、自分でできる事を続けています。昨年、そんな私に家ではできない活動をする機会がありました。
私の通っている小学校では、四年生になるとEM菌を使って川の水質改善のための活動をしています。EMとは、Effective(有用な) Microorganisms(微生物たち)の頭文字に由来していて、ひとつの菌ではなく、乳酸菌や酵母菌、光合成細菌などの人の役に立つ微生物の集合体の事です。
一年間を通したEM菌の学習活動では、川の水質改善と大根の無農薬栽培を行いました。川の水質改善では、EM菌と土を混ぜ合わせたEM団子を作って乾燥させ、川へ投入しました。川へと流すとヘドロが発酵分解され、川の浄化に効果があるらしいので、これからも川の様子を気にかけていこうと思っています。大根の無農薬栽培では、環境のためにできるだけ人工的な物は使わないように、石油素材のマルチシートは使用せず、もみがらを使った草マルチで大根を育てました。草マルチにした事で良かった事は、土がふわふわとやわらかい状態だった事と、ビニール資材のゴミが出ない事です。収穫した大根は、それぞれが家に持ち帰って料理したり、長期保存が出きるように乾燥千切り大根にしました。大根の葉っぱも捨てずに、地域のあめ屋さんが、無添加、無着色の「大根の葉っぱあめ」を作ってくれました。味は、私には少し苦かったけれど体に良さそうなあめが出来上がりました。また、地域の人達と一緒に環境活動ができた事はとても良い経験になったと思います。
これらの学びを通して気付いた事があります。自然界にいる微生物は私達の目には見えません。見えないけれど、土や水を静かに支えてくれる、とても大きく大切な存在だという事です。私達の周りにあるきれいな街やおいしい食べ物には、EM菌のような微生物の力が働いているのだと、学ぶことができました。
今日も通学路沿いの川に白サギを見ました。この風景がずっと続きますように。
私の通っている小学校では、四年生になるとEM菌を使って川の水質改善のための活動をしています。EMとは、Effective(有用な) Microorganisms(微生物たち)の頭文字に由来していて、ひとつの菌ではなく、乳酸菌や酵母菌、光合成細菌などの人の役に立つ微生物の集合体の事です。
一年間を通したEM菌の学習活動では、川の水質改善と大根の無農薬栽培を行いました。川の水質改善では、EM菌と土を混ぜ合わせたEM団子を作って乾燥させ、川へ投入しました。川へと流すとヘドロが発酵分解され、川の浄化に効果があるらしいので、これからも川の様子を気にかけていこうと思っています。大根の無農薬栽培では、環境のためにできるだけ人工的な物は使わないように、石油素材のマルチシートは使用せず、もみがらを使った草マルチで大根を育てました。草マルチにした事で良かった事は、土がふわふわとやわらかい状態だった事と、ビニール資材のゴミが出ない事です。収穫した大根は、それぞれが家に持ち帰って料理したり、長期保存が出きるように乾燥千切り大根にしました。大根の葉っぱも捨てずに、地域のあめ屋さんが、無添加、無着色の「大根の葉っぱあめ」を作ってくれました。味は、私には少し苦かったけれど体に良さそうなあめが出来上がりました。また、地域の人達と一緒に環境活動ができた事はとても良い経験になったと思います。
これらの学びを通して気付いた事があります。自然界にいる微生物は私達の目には見えません。見えないけれど、土や水を静かに支えてくれる、とても大きく大切な存在だという事です。私達の周りにあるきれいな街やおいしい食べ物には、EM菌のような微生物の力が働いているのだと、学ぶことができました。
今日も通学路沿いの川に白サギを見ました。この風景がずっと続きますように。
自然との共生力が未来を変える
地球上にはあと二頭のメスしか残っていない。キタシロサイという生物がいる。私がケニアのオル・ペジェタ自然保護区で彼女たちに会う数ヶ月前に、最後のキタシロサイのオスが亡くなった。キタシロサイは絶滅を免れない種となってしまった。人が自然界に与えてきた影響の大きさを目の当たりにし、6歳の私が怒りや悲しみを感じたのを今でも覚えている。現在私たちは、人と自然との共生に関わる問題を多く抱えている。生物多様性の減少、地球温暖化、海洋汚染、クマ問題に至るまで全て、人間が自然の一部であることを軽視し、人間中心に行動してきた結果起こったものだ。逆に言えば、このような問題を解決するためには、自然と共生する感性を育てる必要があるのではないだろうか。
私は父の仕事の関係で、アフリカで10年間暮らした。住んでいたのは首都で、一般的な都会の暮らしだったが、虫や鳥、爬虫類などは身近にいて、日常的に自然と触れ合う機会が多かった。また、昨年まで通っていたジンバブエの学校は、緑が多く、花や木の実に虫や鳥が集まり、自然豊かな環境だった。校内にいる渡り鳥の種類も変化し、そこで生まれたカモや孔雀の成長を校庭や校舎の脇で見ることができるなど、まるで共に暮らしているようだった。授業や校外学習では、環境問題を取り上げることが多く、当然のように、私も含め生徒の自然へのリスペクトも高く、自然と共生する力も身についていた。
一方、日本の一般的な学校は、緑が少なく、自然について学ぶ機会が少ない。虫や生き物を教室で飼うこともあるが、決して自然のありのままの状態ではない。自然と共生する感性を育てるためには、人も自然の一部と認識し、生物の特性や自然界での役割、適切な距離感を学べる環境が必要である。そのために、日本の学校にも緑をもっと増やすべきだと思う。緑を増やせば、虫や鳥が寄ってくるようになり、日常的により自然に近い状態で触れ合うことができる。また、日本には山や海などの豊かな自然環境があり、環境教育を行う地域の団体も多く存在するため、環境教育プログラムをもっと取り入れるべきだ。
昨年私は日本に帰国し、自然環境を守る活動を始めた。それまでも日常的にできることは行ってきたが、今はビーチクリーンをしたり、環境分野での学びを深め、ネットを通じて発信している。今はまだ小さな影響力しかないが、より多くの人に自然と共生できるより良い選択をしてもらえるよう活動を続けたいと思っている。地球が抱えている問題はどれも複雑で簡単ではないかもしれない。しかし、子供が成長する環境や教育が、より自然との共生を重視するものに変わり、私のように自然を守りたいと思う人が増えれば、将来きっと様々な分野でその力を発揮し、未来を変えることができると信じている。
私は父の仕事の関係で、アフリカで10年間暮らした。住んでいたのは首都で、一般的な都会の暮らしだったが、虫や鳥、爬虫類などは身近にいて、日常的に自然と触れ合う機会が多かった。また、昨年まで通っていたジンバブエの学校は、緑が多く、花や木の実に虫や鳥が集まり、自然豊かな環境だった。校内にいる渡り鳥の種類も変化し、そこで生まれたカモや孔雀の成長を校庭や校舎の脇で見ることができるなど、まるで共に暮らしているようだった。授業や校外学習では、環境問題を取り上げることが多く、当然のように、私も含め生徒の自然へのリスペクトも高く、自然と共生する力も身についていた。
一方、日本の一般的な学校は、緑が少なく、自然について学ぶ機会が少ない。虫や生き物を教室で飼うこともあるが、決して自然のありのままの状態ではない。自然と共生する感性を育てるためには、人も自然の一部と認識し、生物の特性や自然界での役割、適切な距離感を学べる環境が必要である。そのために、日本の学校にも緑をもっと増やすべきだと思う。緑を増やせば、虫や鳥が寄ってくるようになり、日常的により自然に近い状態で触れ合うことができる。また、日本には山や海などの豊かな自然環境があり、環境教育を行う地域の団体も多く存在するため、環境教育プログラムをもっと取り入れるべきだ。
昨年私は日本に帰国し、自然環境を守る活動を始めた。それまでも日常的にできることは行ってきたが、今はビーチクリーンをしたり、環境分野での学びを深め、ネットを通じて発信している。今はまだ小さな影響力しかないが、より多くの人に自然と共生できるより良い選択をしてもらえるよう活動を続けたいと思っている。地球が抱えている問題はどれも複雑で簡単ではないかもしれない。しかし、子供が成長する環境や教育が、より自然との共生を重視するものに変わり、私のように自然を守りたいと思う人が増えれば、将来きっと様々な分野でその力を発揮し、未来を変えることができると信じている。






